くらしのこと

前の記事 次の記事

亡き母と共に西国三十三所巡礼

2018年10月29日 14:33  お茶のこと

第20回の武者小路千家の全国大会が竹生島で行われると先生からお聞きしましてから、色々な心の準備をしてまいりました。


私の産みの母は後継ぎがどうしても必要であった地方の旧家の為に私を身籠ったそうでございます。

男の子だったら養子に、女の子であったら手元に置きたいと願ったそうですが、ほぼ無理やり病院から連れ去られたような形になってしまい、のちに取り戻しの申し立てを行うも、私は既に実子として戸籍に入っておりました。

養女という証拠もなく、なす術がなかったそうでございます。


実の父が私を取り戻せないことが分かって泣いている母に、娘はいずれ嫁に行くのだから、その時期が人よりもうんと早かっただけなのだと慰めたと聞いております。

その母が唯一私に残した2句の歌。可愛い女の子の絵葉書の裏に書いてありました。





私が23歳の時に母が亡くなり、病床で最後まで私に会う事だけを願っていたと叔母たちから知らされましたが、私は実の母の死を知らされませんでしたので、お葬式にも出席できませんでした。


育ての母は子供が大嫌いでしたので、裕福な家に養女に入っても決して幸せな日々ではなかったように思います。

親戚の叔母たちが訪ねてきますといつも涙を流すほどですので、それはひどいものだったのだと。。。

その分父と祖母から注がれた愛情を宝物としております。


産みの母は質素な人で華美な事や旅行などが嫌いだったと聞いておりましたが、生前、西国三十三所巡礼には行きたがっていたという事を知り、いつか母の代わりに私がまわろうと漠然と思っておりました。

その機会が今回思いがけなくまいりまして、スタート地点をこの竹生島の宝厳寺にしようと考え、御朱印帳を準備いたしました。



西国三十三所巡礼専用のものと、普通のものの2冊。

小さい方は、京はし「満津金」さんで生地から選びオーダーで作っていただいた物です。

私のカラーである水浅葱色に唐草模様。

名前も入れて頂きました。



御朱印を頂くのに、特に混んでおりませんでしたので西国の御朱印と普通の御朱印とにわけて、3か所にお願い致しました。






今回は隨縁斎宗匠の献茶が宝厳寺で行われましたので、中に入り僧侶の方々のお経と隨縁斎宗匠の流れるようなお点前を前に胸の詰まる感動的な献茶式となりました。


このような機会はもう2度とありませんので、体調も崩さず参加できましたこと、また連れて行ってくださいました有吉先生やご一緒してくださいました社中の皆様に心より御礼申し上げます。



美しい琵琶湖を見下ろし、形見の品を持ち、母と娘の初めての二人旅でございます。


人は亡くなってもこうして心の中で生き続けるのだと。


生前、親子の名乗りは上げれませんでしたが、ずっと糸は繋がっておりこれからも母と二人でゆっくり西国三十三所を訪れていこうと思っております。

前の記事 
お茶と織物のこと

くらしのことTOP
 次の記事
樹木希林さんからのメッセージ
ページトップへ