弟子を抱える責任とは
昨日は6月下旬からの伝統色彩士協会が開講するダイワロイネットホテル西新宿でのミーティングでした。
新しいホテル内にある会議室、テラス席のある明るく開放的な部屋でまた皆さんと一緒勉強ができることを大変嬉しく思っております。
今回は、日本橋三越や伊勢丹での着付けスタイリングを信頼して任せてきており、また雑誌やメディアの仕事も多くこなす着付師の宮田成美と、協会初期からの事務局である板垣由子、お茶やカラー診断、イベントなどでいつも一緒にやってきた鈴木ちひろ。日本橋三越の染色とお香は三浦裕子がアシスタントで入ります。その他の新規カリキュラムと事務局は久保山に引き続き担当してもらうことになっています。
それ以外にも日程的に都合のつく講師陣にはその都度お手伝いをしてほしいと思っています。
私の好きな言葉に「常を茶になして茶に臨んで改まらぬように」という名言がございます。
紀州徳川家家臣「横井淡所」が著した「茶和抄」(表千家七世如心斎の話を記録したもの)
この中の「上手下手の事」にこの言葉が記されています。
日常生活そのものが茶になるように心得なさい。
茶会の場に臨んでことさらに改まった態度にならぬように。
これを常に着物に置き換え考えています。
日常生活そのものが着物と一体であるように。着物を着る場において、着せられた感や改まった姿でなく、どんな時も自然体である事。和の生活文化を意識して生きることだけでも常に着物になしてという事に繋がる。
着物が似合う似合わないの最終的な答えは、着慣れているかどうかでもあります。
また着慣れていなくとも、心から好きであるかどうか。
自分で着ることでも、人に着せるでも、着物が好きであれば良いのです。
そんなに好きではないけれど、ビジネスとして見ている人の姿はすぐにわかります。
そのような考えから入ると、人の似合う似合わないを見る以前の問題で、着物だろうがそうでなかろうがビジネスチャンスにつながる事ならなんでも良かったという底の浅い側面が前に出てしまい、そこそこ集客はできても最終的に持続が不可能になります。
慎重に準備もせず思いつきで起業して消えていった人達をたくさん見てきました。
起業は簡単ですが継続は難しいのです。
成功するということは利益を出し継続することです。
器用な人は少しの経験で起業できますが、ある程度以上の大きさに広げることが出来ません。
新しいことを何度も打ち出して、次はこれ、次はこれと試みるのですが、思った以上に利益が出せず空回りしてしまうのです。
着物の世界は、知識の多い人が沢山います。
染や織りなどの産地物に詳しい人、スタイリストとして雑誌や映画などの経験を積んでいる人、そんな方々の中で生徒を持ったり、また指導者を育成することは、中途半端な知識では絶対に太刀打ち出来ません。
時間もお金もかかる上に、常に自信のなさが不安に繋がります。
自分が着たこともない素材や着物をお客様にどのように説明するのか。
これが新人時代の私の一番の課題でした。
それからは趣味のことも、旅行も、美食もしばらくは諦め、日本に存在する全ての着物をとりあえず着てみる。
どのような着心地なのか、どんな色を出しているのか、暑いのか寒いのか、ゴワゴワするのか柔らかいのか。
帯は何を合わせたら良いのか、小物はどうするのか。
様々な帯のメーカー、帯締めや帯揚げも色々試しました。
和装下着や長襦袢、半襦袢も販売されているほとんどのものを試してみました。
同時に染や織りも学び、お茶も教授までは取得し、お香も香司まで学びました。
最初の頃は支出ばかりで苦しく、娘の受験や、親の介護も重なったので泣きそうな気持ちになることもしばしありました。
「何があっても揺るぎない自分を作る」
その思いだけで踏ん張ってこれたのだと。
皆さんはそこまで人生をかけなくても良いのです(笑)
伝統色彩士協会に所属する講師であるという強みは、わからないこと、難しいこと、経験のないことは全て私に振れば良いのであって、講師全員がわざわざ経験しなくても良いということです。
私を上手く利用して、皆さんはご自分の個性や強みだけを伸ばしていけば良いのです。
私が全て分かっていれば弟子達に不安な思いをさせずに済む。
それが代表の使命でもあり、弟子を抱え責任を持つということになります。
バックがしっかりしていれば、個人の信用問題も軽くクリアできます。
診断士として伊勢丹や三越で仕事をすることは、長年の信用を持つ伝統色彩士協会の契約だからです。
しばらくは諸外国との行き来も難しくなります。
日本の良さを見直すことは大事ですが、以前の常識が今後も同じように通用するとは限りません。
柔軟な考えを持って進まなければならないのです。
これからが本当に試される時なのだと思います。
暑いので小千谷縮に黄八丈の半幅帯で。