茶室披き
いつか自分の茶室を持ちたいという思いはお茶をやられている方ならば誰しもが描く憧れでございます。
しかし東京に住む殆どの方がマンションや洋風の住宅に住んでおり、間取りに余裕もないというのが現実でございます。
私もマンションなりに工夫をしてお茶の稽古をしてまいりました。
しかし義父母が亡くなり、大切に住んできた家に私達家族が移り住むことになり、都内でありながら茶室らしいものを持つ事が可能であるという、夢が急に現実化いたしました。
それまで茶室を持とうなどど考えたこともございませんでしたので、一から勉強をし、毎晩夜中の3時ごろまで茶室作りの本とにらめっこの日々が続きました。
あまりに悩みすぎて、食事をとるのも忘れてしまうほどでした(笑)
家の間取りを変えないということは亡くなった両親との約束でしたが、間取りを変えずに茶室を設けるということは思った以上に大変でございます。
京都まで出向き、様々な町家や茶室を見学いたしまして、玄関、控えの間、茶室、動線などを何度も考え、また懐石などの調理もできるオープンキッチンもシステムキッチンは一切使わず、大工さんに一から作って頂きました。
壁には京都の茶室によく使われていた藁を混ぜたもの、室内の扉も一枚板などを使い、床柱は吉野杉、床材は胡桃、天井も網代にしたり、建具も全て天然の木を使って、呼吸できる家というものに拘りました、
結局最後はどうしても解決できずに岩波先生にご相談して、本畳4畳半をうまく作る事が出来ました。
毎晩寝不足でしたが、やはり何事も経験して見なければわからないことばかりでございます。
さて、出来上がりますと今度は茶室披きをしなければなりません。
茶室は「令月庵」と先生に命名して頂きました。
令月とは、何をするのも良い月、素晴らしい月、めでたい月という意味です。旧暦の二月の異名でもあり、「嘉辰令月」から頂いたとのこと。
そうなりますとどうしても茶室披きは二月となり、伝統色彩士協会の一番忙しい時期ですが、先延ばしせずに決行いたせねばなりません。
お料理は柿傳で修行なさった竹万の若主人に来て頂き、お願い致しました。
濃茶は私が、続き薄茶点前は鈴木が担当致しました。
御正客には月光庵・岩波宗正先生、次客が友人の桜沢エリカさん、そして板垣さん、三浦さんと、皆内輪のメンバーですので、緊張せず楽しく和やかな雰囲気で進行いたしました。
こんな風に皆で楽しくお茶をいただくのは久しぶりでしたので、嬉しい気持ちで胸がいっぱいでございました。
主菓子は虎屋の一重梅。伝統色彩士協会の指針でもある重ねの色目の名前にちなんでこの菓子にいたしました。
干菓子は末富。
濃茶は上林春松本店の今日庵坐忘斎宗匠御好「嘉辰の昔」令月庵の名前が嘉辰令月から頂いておりますので。
薄茶は、生徒さんから頂いた愛知で大正時代から続く葵製茶「無源蔵」(濃茶ですが薄茶でお出し致しました)
軸は、鎌倉円覚寺派菅長、横田南嶺老師の「無事是貴人」
岩波先生に茶室披きのお祝いにと頂いたものです。
この軸の「無事」とは一般的な平穏無事であるという意味とは違い、いかなる境界に置かれようとも、見るがまま、聞くがまま、あるがままに全てを造作なく処置して行く事ができる人という意味でございます。
あるがままに物事を見て、小細工を弄することもなく素直に生きることに安らぎがあり悟りがあるのだと。
花は赤が卜半錦・白が月照、おめでたい席なので紅白の椿に致しました。
花だけでよかったのですが、花入が少し低いので軸とのバランスを考え氷柳を添えました。
花入は丹波の女流作家、石田陶春。
丹波布が好きで着物はいくつかございますが、花入や茶碗も丹波ものをいくつか買い求めております。
香合はタイの宋湖録。
蓋のつまみが柿の蔕に似ているということで柿香合とも言われ秋に使う方が良いのですが、香合のなかの練香を今回はタイ産の沈香をベースに作りましたので、同じ国のものということで合わせました。
道具などはその時その時気ままに買っていただけで取り合わせなども考えておりませんでしたし、数も少なく現在私ができる範囲でのものでやらせて頂きました。
また茶懐石用の杯台のセットや、酒器、懐石膳、縁高、毛氈、水屋道具一式、新しい釜なども急遽取り揃え、懐石用の足りない器は竹万さんにお借りいたしました。
準備などは鈴木が色々手伝ってくれましたし、それなりに大変ではありましたが一生に一度の茶室披きを無事終わらせる事が出来ましたのも、岩波先生はじめ、暖かく見守ってくださいました友人や弟子たちの支えがあってこそでございます。
また、自分で茶事をいたします事がどれだけ勉強になることか。
茶をするということは、おもてなしをすること。
先生にいつもそう言われておりますが、今回はその言葉を何よりも大切に胸に置き準備いたしました。
点前などはお茶の一部分でしかない。
それがよくわかった日でございます。
茶人としての人生の第一歩を少しだけ踏み出せたようで、疲れよりも清々しい気分で翌朝を迎えました。
着物が好きで、着物の先にお茶があるのが私のお茶に対する考え方です。
令月庵では流派関係なく、季節に合わせた茶会を着物が好きな皆様と共に定期的に開いていけたらと思っております。
また鎌倉教室も年に数回は茶会を行なっていけるようにと考えております。
これからも鎌倉「月光庵」狛江「令月庵」をどうぞよろしくお願い致します。