失った時間
こちらのブログの更新の方が良いとのメールを多く頂きました。
以前の記事も読んだりしていただくことが多いようです。
ありがとうございます。
悩んだのですが、やはりしばらくこちらも続けていこうと思い直しました。
少しお休みいたしましたがどうぞよろしくお願いいたします。
先日の日本橋三越の草木染クラスの日に、中里ようこさんの綿紬にようやく袖を通しました。
ようこさんは、真岡のご自分の畑で綿を栽培し、糸を紡ぎ、染めをして織っています。
全ての工程を一人で完結しているのです。
素晴らしい作家さんですが、いつもどこか控え目でとても優しい人です。
それが織りにも出ていて、柔らかく軽い布ですが静かな主張があり、それが私にとっては大変心地よいものであるのです。
帯は染めの師匠でもある、新田克比古先生のろうけつ染です。
勿論全ての染料が草木のものです。
年齢的に体調が不安定な私に、ようこさんの綿花、藍染、手織りの力と勝比古先生の山から採取した草木の力が私を包んでくれます。
着物は体を包む布です。
世の中に美しいものはそんなにありません。
自然以外は美しくないと思っています。
少し気を緩めてしまえば、何もかもがどんどん醜くなります。
醜さの中で諦め生きていかねばなりませんが、息苦しさや苦悩は蓄積され、心を蝕んでいきます。
仕方なく送る日常の中に、安らぎのような草木染の時間があり、私もそれがなければ世の中に押し潰され絶望感で人生を終えることになるのだと思います。
どこで道を間違えたのかわかりませんが、いつも思った通りの道に進めず、しかし仕事として成立するという矛盾に自分を押し込んできました。
私は美しい世界からかなり離れてしまったのだと、ようこさんの織った裂を手に取りため息をつきます。
安いアパートで、一晩中染めをしていた頃の私は、色に対して今よりもっと純粋だったのです。
コロナという切り取られた時間を過ごすうちに、この10年で失ったものに意識が向いた事は、私にもう一度やり直せるチャンスを与えてくれたように思います。