キモノのこと

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着物を手放す

2020年7月21日 10:16  木綿




着物をかなりの枚数処分しました。

全ての数の7割は処分しました。


ネガティブなことでなく、これからの着物生活を構築するための新しい世界に向けての作業です。


コロナの収束は長期戦になります。

多分一年半以上はかかるのでしょう。

では2年近く景気が戻るのをじっとこらえて待つかといえば、それははっきり言って難しいことです。

2年前のFacebookなどを見ると、自分自身が様々に変化しており、時の流れが早いことを認識させられます。

その同じ長さの2年を暗黒の時代として静かに待つことも厳しいと思います。


では2年後に世の中が元に戻っているかといえば、そうではなく元に戻ったようで全く違う世界になっているのだと考えます。


着物というものは趣味性の高いコンテンツであり、余裕があってこそ成り立つ産業です。

専門学校で教えていた時も、若い方に着物の予算について聞いたことがありましたが、それは吊るしの浴衣がやっと買えるかどうかの予算でした。

次世代のあの子達が、就職して立派な大人になりましたが、着物を買うかといえば多分買いません。

夏の浴衣が精一杯であり、その浴衣も今年は夏祭りなども一切ないので買う人は少ないのです。


着物業界はある程度余裕のある年配の方々に支えられて残ってきた産業なのです。


その年配の方が一番コロナの影響を受けやすく、今回最も慎重にならざるを得ない世代となるのです。

怖がって外に出歩かなければ着物を買う理由も必要性も無くなります。


余裕のない時代に着物が売れることはなく、今、一時的に売り上げがあったとしても、それは自粛生活でのストレスで購買意欲が上がっているだけにしか過ぎず、これが長く続くと数字はどんどん下がります。

誰もが将来への不安や、これからの世の中に何が必要かを考え始めています。


無駄なお金を自分自身の趣味のために使うことは少なくなっていくとアンケートで出ています。

なるべく家族のために、子供のために、皆が幸せになるようなお金の使い方に変わっていくのです。

生きるとは何か?

それを世界中の人が立ち止まって考えたのがコロナだったのです。


コロナで日本人が一番気にしていることは「清潔」です。

手を洗う、うがいをする、髪の毛を洗う、服を洗う。

外出から帰ったら洗うという行為は今国民全体が守っていると思います。


私も帰宅したら全て洗います。

肌着、長襦袢、着物をネットに入れすぐに洗って乾かします。

帯は軽く水スプレーをして高温のアイロンで除菌しています。

そうすると帯の汗や臭いが取れます。

年齢を重ねれば重ねるほど、清潔感を大事にしなければならないと思っています。


正絹は洗えません。

水さえもが水染みになります。

少量の雨に打たれたとしても今の雨水は綺麗ではないのですぐに悉皆に出さねばなりません。


では先生は全てポリエステルのものですか?と聞かれますが、違います。

私は草木染めを教えており、洋服の時もオーガニックコットンの下着を付けますので、基本天然繊維派です。


これからの地球を次世代に綺麗に残すためにも石油製品はなるべく使いたくない気持ちは以前からありましたが、コロナで特にその思いが強くなりました。


石油で洗う丸洗いをやめる、石油からの繊維の着物を最小限にとどめる。


最近洋服もほとんどが天然繊維で自宅で手洗いしており、クリーニングに出すことはありません。


今までは、正絹の着物が殆どで、お茶などにはポリエステルの訪問着、普段着に木綿着物というスタンスでした。

しかし、コロナ共存という新しい時代を迎え、これからまたいつ出るかわからない未知のウィルスに対し、簡単に洗えず、シミをつけたら何千円という着物や、乾燥する時期の静電気に悩ませられる合成繊維の着物を着る理由を自分でじっくりと考えてきました。


どうしたら着物生活を残せるのか。


とにかく、洗えるものは木綿か麻しかない。

この天然繊維を中心としながらもポリエステルなどを最小限でうまく組み合わせていかねばなりません。


しかも若い世代にも買えるファションとしての価格に抑えなければ商品は動かないと考えています。

今までは総手縫いにこだわりましたが、もはや和裁士の数も国内に少なく、また反物を買っても仕立て代が高ければ若い世代は手が出ません。

ミシンを併用しての普段着物も受け入れていこうと、今回の竺仙の仕立てで納得しました。



どんな形でも着物生活を残したいと思うのなら、変わらなくてはならないのです。

今までと同じ仕事のやり方や、同じものの見方ではお客様は戻っては来ません。

ゆっくりか急速かはわかりませんが確実に客足は離れていきます。


成人式や七五三などの着物は百貨店でもレンタルが主流になりました。

レンタルだけであれば呉服屋など必要なくなります。


式典としての着物は残りますが、普段着としての着物は残れるのだろうか。


このコロナで全てがダメになるのではなく、実は活気付いている事業もあります。


コロナ格差という言葉がきっと当たり前になる時も近いのだと思います。


知り合いのヘアサロンはこの時期に全く予約が取れず、お店に行っても、次から次へとお客様が見えて、現実とは思えない活気ぶりでした。

オーナーと話をして納得しました。

柔軟な考え方と新しい提案がこれからは必要になってきます。



着物業界にはまだまだチャンスはありますが、全てやり方次第だと感じています。

過去の売り上げや良かった時代にしがみついていると、蜘蛛の糸ではありませんが多くの人が細い糸にしがみつきやがて切れてしまうでしょう。

私も多くを捨てなければ協会をさらに発展させることは出来ません。


どれだけ捨てる覚悟があるかがキーポイントになります。

知り合いや馴染み相手での商売は、言葉では慰めをいただけますがお金は動きません。

SNSで訴えても長くは続きません。

同情での商売は一時的な効果しかないのです。



私は着物生活をするために着物という今までの世界からの離別しかないと考えています。

そうまでしても着物生活を新しい時代に残したいのです。


では次回、これからの私の着物生活について。

新しい協会の動画を配信しています。

良かったらご覧ください。

https://youtu.be/RDjZb3NWz8s

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