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千葉あやの

2021年10月26日 16:58  



着物「千葉あやの・藍染麻織」

帯「福永世紀子・木綿名古屋」

長襦袢「自作茜染」帯揚げ「自作蓮子の果托染」

帯締め「雪白」

仙台での収録の時の組み合わせです。

仙台放送のニュースはyahooニュースでアップされましたが、現在はもう見る事は出来ません。


千葉あやのさんの収録の補足で、少し詳しくご説明します。

千葉家に一反だけあったあやのさんの反物と、今回私が仕立てたあやのさんの着物です。

千葉あやのさんの研究は10年ほど前から資料を集めたりして来ましたが、やはり正藍冷染についてわからない部分もあり、それを今回お聞きすることができたのが、とても勉強になりました。

資料や本だけでは見えてこない部分が多くある事、学ぶと言うことは活字ではない部分に大事なことが隠されいるのだとつくづく思いました。



[昭和50年9月の千葉家と工房]


栗原と私の幼少について。

生まれてすぐに養女に出た私は、母親の初乳も半日飲めたかどうかで病院から連れ出されました。

養女に入った先は群馬県の館林という夏には日本一の暑さになる盆地です。

9月生まれの私はその暑さに耐えられず、またすぐに母親から離されたせいで病弱で生死をなんども彷徨ったと聞いています。

血液の病気でちょっとした怪我でも血が止まらず、鼻血をバケツ一杯出すことが度々あったそうです。

もともと跡取りとして男子が欲しかったのに、育てる母親が結核で病弱なため、しぶしぶ女の子を養女にしたという状況でしたので、その子が病弱では話にならず、私は東京の祖母の家に戻され元気になるまで療養することになりました。

療養するには空気の綺麗な場所がいいと医師から勧められ、祖母の生家が宮城県栗原郡の高清水善光寺にあったので、私はそこで暮らすことになります。

戦争中は実の両親が疎開した場所でもありました。

もしかすると長くはないだろうと言われていましたが、綺麗な水と空気と自然の中で自由に駆け回る日々で病気はけろっと治り、すっかり田舎の子になってしまいました。

上野駅に迎えにきた養父も祖母も私があまりに変わり果てていたのでびっくりしたそうです。

青鼻を垂らし、頬はリンゴのように真っ赤で、ぷくぷくむっちりと太ったまん丸の子供になっていました。


栗原が私を健康な体にしてくれた。

それは大人になってもずっと心に残る事でした。


千葉あやのさんの家は栗原市の栗駒にあります。

伝統色彩士協会の立ち上げの頃から4期ぐらいまでの生徒さんには、毎回千葉あやのさんのフィルムを見せて栗駒の藍染を説明してきました。

また日本橋三越や和光の民家園で藍染教室などもやって来ました。

しかし着用可能なあやのさんの反物はもう手に入らないだろいうと半ば諦めていましたところ、ご縁があり今年の夏に私の手元に反物が来ました。

仕立てようか大事に保存しようか悩みましたが、着尺は着るために織られたものであり、着物という形になってこそ染めも織りも生きてくるのだと考え、お仕立てをお願いしました。

そして着物姿を是非栗駒の人達に見て欲しいという思いがむくむくと湧き上がって今回の放送になったという事です。



50年ぶりの里帰りでしたが、栗原の空気も水も美しく、お天気にも恵まれて気持ち良い1日となりました。

当日は染色クラスを担当してくれている三浦と、仙台地区を担当してくれている本郷の3人で伺いました。




千葉あやのさんの麻織は麻といっても大麻です。

麻の着物というと普通は苧麻が多いのですが、大麻は古事記にも登場する繊維で神事には欠かせません。

高天原で天照大神が機屋で織る神布の糸は大麻であることから天皇陛下即位の大嘗祭では「あらたえ」といって大麻の布が儀式の重要な役目を担っているのです。

御神酒も大麻の袋にお米を入れて発酵させます。

現在も大嘗祭に使う黒酒と白酒は大麻の布で作った袋を使っています。

また相撲の土俵や横綱の締める縄など、大相撲は神事なので大麻が使われています。


麻は風通しのよい素材と言われていますが、他の素材と重ね着をすると断熱性を発揮して暖かいのです。

明治頃までは一年中着用していました。

繊維の断面を見ると多孔質になっていて、その穴が夏は空気を通して涼しく、冬は空気をとどめて暖かくします。

そんな事はあるのだろうかと思って来ましたが、上野の博物館に大麻の表、絹の裏という衣装を見た事があると中谷比佐子先生の本で知り、今回は絹の長襦袢で仙台に伺いました。

当日の仙台は冷え込みが厳しかったのですが、麻の着物一枚で全く寒くなかったのは驚きました。

撮影スタッフの方々が厚着をしていて寒い寒いと言っている中で、私はとても快適に過ごせました。


随分と前になりますが、非常に大切な茶会にて麻の藍染の袈裟をお召しになったご住職様とご一緒したことがありました。

晩秋の茶室で見た素晴らしい印象が忘れられず、袈裟ではありませんが私も自分の通年の着物として藍染の麻が欲しいと思っていました。

麻織の着物はまだまだ肌に馴染まず着付けも時間がかかりますが長い年月をかけても自分のものとしていけるように、あやのさんから引き継いでいきたいと思います。


藍染については次のブログで詳しく。

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